小さな幸せ
ドアの鍵を開けて中に入る。何時もと変わらない、部屋の景色がある。今はすこし違う…。

「マナマナ…お帰り」「ただいま。孝之ちゃん」

孝之ちゃんは私のところに走って来て抱きつく。

「今から、ご飯の支度をするからするわね」「うん、判った」

孝之ちゃんは、私から離れておとなしく座る。私はそれを見て、やさしく微笑み調理を始める。

今の私は、凄く幸せ。今の私には孝之ちゃんが居てくれれば、他に何も要らない。

孝之ちゃんは、私だけのものなんだから。誰にも渡さない。

「はい、孝之ちゃん。できたわよ」


「ねえ、遙…また痩せたんじゃない?」「そうかな〜? ご飯もちゃんと食べてるんだけどね…」

最近の遙は、徐々にやつれていっている。

「もしかして…孝之のことで…」

遙は、それまでの顔から一転し暗い顔になる。

「やっぱり、そうなのね」「ううん、それは違うよ。もう私…孝之君のこと…なんとも…」

「そんなの嘘!今の遙を見てれば、嘘だってすぐに判るわ!」「もう良いの…。もう…私と孝之君は…」

「良くないわよ!どうして遙が…遙だけが、そんなに苦しまないといけないのよ! そうでしょ?」

私の問い掛けに遙は黙ったまま俯く。

「遙はそれで納得できるの? 孝之の口から何も聞かないで…」

「もう…やめてー!お願いだから…やめて…もう、終わったんだよ…私と孝之君は…」

遙は目に涙をためながら、私の方を真っ直ぐ見てくる。

「遙…」

その時の遙にかけてあげる言葉が見つからなかった。いや、声をかけることを恐れたのかもしれない。

「お願い…すこし…一人にして…」

私は何も言わず、ただ頷いて病室を出てゆっくりっとドアを閉める。

中からかすかに聞こえてくる、遙の泣き声。

何で…どうして…遙だけがこんなことになるのよ…。孝之、いったい何を考えてるのよ。

この時、私はあることを決心し、病院をあとにする。


「きゃ!もう、もうすこしで終わるから…」

孝之ちゃんは、荒い物をしている私に後ろから抱き付いてくる。

コンコン…。

「誰かしら? 孝之ちゃん出てくれる?」「うん!」

孝之ちゃんは玄関へ行き、ドアを開けて驚いた顔をしながら、少しずつ後ろへと下がる。

「孝之!あんたいったい…」「何なんですか!孝之ちゃんが怖がってるじゃないですか!」

孝之ちゃんは私の後ろへ隠れる。

「孝之!今、遙がどんな気持ちでいると思ってるのよ!」「今の孝之ちゃんには関係の無いことです」

「関係ないですって!ふざけないで!」「ふざけてるのは、あなたの方です」「な、なんですって!」

「いきなり、人の家にやって来るなり、怒鳴り散らして。孝之ちゃんが怖がってじゃないですか!」

私の胸倉を掴み、殴ろうとする。

「殴りたいなら、殴れば良いでしょ。でも、そんなことをしても孝之ちゃんは、戻ってきませんよ」

拳をゆっくりとおろし、ゆっくりと手を離す。

「孝之…あなたの気持ちがよく判ったわ…」「そうですか。でしたら、お引取り下さい」

部屋を出ようとした時に振り返り、孝之ちゃんを睨みつける。

「孝之!見損なったわよ。そんな男だなんて思わなかったわ。私が好きだった孝之は…そんな…」

走って部屋から出て行く。

「怖かったでしょ…もう大丈夫よ。私がずっとそばに居てあげるから」

そう言って孝之ちゃんを抱きしめる。

もう誰にも渡さない。邪魔させない。孝之ちゃんは私だけのもの…

ーENDー



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