マグカップ
人を会社帰りに呼び出したと思ったら、これを渡すだけのためかよー。

マグカップを投げては取り、それを繰り返しながら家に向かう。

おっと!危ない、危ない…。でも、これを渡す孝之の顔…少しおかしかったなー…。何かあるのか?

マグカップをじっと見る。イルカがついているほかは、ごく普通のマグカップ。

このマグカップにどんな意味があるのかは、この時はまだ知るよしもなかった。

「ただいま〜」て言ったって、水月は帰ってないよな〜。

静かに黙って中に入り、居間のテーブルの上にイルカのマグカップを置く。


どうしよ〜…何でこんな時に残業なんてさせるのよー!怒ってるだろうな〜…。

腕時計を見ながら家へと走る。そっとドアを開けて中の様子を伺う。

あれ?いないのかしら?

中に入り、買い物袋置いて大きく伸びをする。着替えを済ませて、エプロンを付けて台所に立つ。

それにしても、こんな時間にどこに行ったのかしら?まー、いいわ。それよりも、早く作らないと。

大急ぎで夕食を作り始める。


お!あった。これだよなー?

持ってきた、電池と見比べる。

よし、間違いないな!いきなりリモコン電池が切れるからなー。換えの電池を探して見たけど見つからないし

電池を買って帰る時、ある出店に気がつく。

あれ?あの店で売れてるのって…。


うん!我ながら、いい出来ね!あとは、帰ってくるのを待つのみね。

ふと、居間のテーブルの上に何かがあることに気がつく。

何かしら?また、何か変なものでも買ってきたのかしら?

とことこと歩いて居間に行く。徐々に机の上のものがハッキリと見えてくる。

え、何で…これがここにあるの!


きっとこれ見たら、水月は喜ぶだろうなー。

ドネルケバブの入った袋見ながら笑う。その時あることに気がつきぴたっと立ち止まる

でも、まだ夕食も食べてないんだった〜!もしこれを持って帰ってら…。

『いいわよ!どうせ、私の作ったものなんて、食べれないってことでしょ!』て言われそうだなー…どうしよう…。

しばらく考えたが、これをいまさら返しに行き辛いので、そのまま持って帰ることにした。

「ただいま〜」「……」

あれ?まだ、帰ってないのか?それはないよなー、鍵は開いてたし。まさか、かけ忘れたか…!

そんなことを考えながら中に入ると、水月があのマグカップを床に叩きつけようとしていた。

慌てて駆け寄り、その手をつかんで止める。

「何やってるんだよ!」「離して!これは、あったら駄目な物な!」

「あったら…駄目なもの?」

水月は何かに取り付かれたかのように、泣きながら『駄目なの…駄目なの…』と呟いている。

『これは、あったら駄目な物な!』を頭の中で、その言葉を何度も繰り返す。

水月からマグカップをそっと取り、テーブルの上に置いて水月の顔をそっと手をあてて、顔を上げさせる

水月の顔は、なんとも言い様のない顔をしている。

この時、俺はこのマグカップが意味することを理解した。


「もう、大丈夫か?」「うん…ごめん…」

水月にコーヒーをだしてやると、それを少しずつ飲んでいる。

俺たちの間には、例のマグカップが置いてある。

「このマグカップについては、あえて聞かないからな…」「……」

水月はただ黙って、コーヒーを飲みつづける。

「な〜、水月…」「……」「これ、食べるか?」「……」

やっぱり、反応なしか…。

ドネルケバブを一つ取り出して、水月の前に差し出す。

「ほれ、これ好きだったろ?」

黙って頷くけだった。無理やり水月の手にドネルケバブを乗せる

「ほら、早く食べないと美味しくないぞ」

水月は、ただドネルケバブをじっと見ている。

俺は、イルカのマグカップを持ってごみ箱の所に行き、中に捨てた。

それを見ていた、水月は慌ててそれを拾い上げようとする。

そんな水月の頬を叩く。水月を叩いたのは、この時が最初で最後だ。

「馬鹿やろ〜!こんな物があるからいけないんだ!水月、言ったよなー…『これは、あったら駄目な物な!』」

水月は黙って下を向いている。

「これは、孝之との思い出が詰まってるものなんだよな。だから、そんなに…」

水月はまだ下を向いる。

「だから、今度は俺が…水月に…これと同じ物って訳にはいかないかも知れないけど…今度、一緒に行こうな」

その言葉に水月はゆっくりと顔をあげる。その目には涙がたまっていた。

上げた顔をゆっくりと上下させ。そして、にっこりと微笑む。

その後、水月はドネルケバブを一人で全部食べている。

やっと、水月らしくなった。

その光景を、にこやかに微笑みながら眺めている

ーENDー



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