バレンタインデー
左を見て誰も居ないことを確認して、今度は右を見て誰も居ないことを確認する。

誰も…居ないわね。

そーと下駄箱に手を伸ばす。

あ〜、やっぱり駄目。落ち着いて、水月…大会にくらべたらこんなのなんか…。

再度、下駄箱に手を伸ばす。その時、突然後ろから肩を叩かれ、小さく飛び上がる。

ゆっくりと後ろ振り返ると、驚きの表情の遙が立っていた。

「何だ〜遙だったの」「ごめんね。脅かすつもりじゃなかったんだけど…」

「いいのよ。で、遙も入れに来たの?」「ううん。今日は日直だったの。それで水月が見えたから」

遙の手に日誌があることに、その時初めて気がつく。

「水月は、手渡ししないの?」「え!わ、私が…そんなのムリムリ…」

顔を赤くしながら、顔の前で手を振る。

「孝之君のは、ここに入るんだね」「え、あ、そうよ…」「そうだよね」

遙はニッコリと笑う。それを見て私も笑う。

「孝之の下駄箱は…」「あそこだよ」

遙が教えてくれた場所に、孝之の下駄箱があった。

さすが遙ね。孝之の下駄箱の場所まで知ってるなんて。

孝之の下駄箱にチョコを入れる。

「これでよし!」「そうだね。どんな顔するかなー?」「そうねー、きっと腰を抜かすんじゃない?」

「いくら孝之君でも…」「あまいわね。遙!孝之だからこそよ!」

遙は苦笑いをする。

「さてと、次は…」「え、水月って他の人にもあげるの?」「え?」「彼には手渡しするんだよね〜?」

「え…え〜!」「違うの?」

て、手渡し…そんな恥ずかしいこと…できるわけないじゃない。

顔を真っ赤にして下を向く。


結局、下駄箱に入れられなかったわね。

鞄の中にある、チョコの包みを眺めながら溜息をつく。

私ってどうしてこうなのかな〜。遙が羨ましい。

「速瀬、おはよう!」「あ、孝之。おはよう」

孝之の手には何も持っていなかった。

きっと鞄の中ね。そうよね、手に持って来るなんてしないわよね。

「ねえ、孝之?」「ん? どうした?」「下駄箱に…何か入ってなかった?」

「よく知ってるな〜。確かに入ってたぞ」「それで、それはどうしたの?」「あそこ!」

孝之はゴミ箱を指差す。

「そう…あそこなの…」「ちょ、ちょっと待て…」「問答無用!」

孝之をぶっ飛ばす。

「どうせ!私が作った物なんて、食べたくないわよね!」「あれ…お前が作ったのか?」

「そうよ!」「そうか…一口食べてみたら凄く上手かったから、全部食べて…」「え!」

慌ててゴミ箱に走って行って中を覗き込む。中には、空の箱が捨ててあった。

「どうだ? 判ったか?」「ごめん…」「いいよ、別に…」「それより、早く渡してやれよ」「え?」

孝之は自分の席でボーっとしている彼を指差す。

「まだ渡して無いんだろ?」「そ、そんなの孝之には関係ないでしょ!」「まあな、頑張れよ!」

孝之はそれだけ言うと、自分の席に戻って行く。


「速瀬、帰ろうぜ」「あ、うん…」

教科書を鞄に詰めて、彼と一緒に教室から出る。

「あの…すいません…」

声がした方を振り返ると、白髪の子が立っていた。

「どうしたの?」「あの、これ…ずっと前から好きでした!」

その子はそう言って、彼に綺麗にラッピングされた箱を渡すして、走って去って行く。

受け取ったまま、ボーっと立ち尽くす彼の耳を引っ張る。

「あんな子、何処で誑かしたのかしらー?え〜!」「俺は知らん、無実だ…」

「そう、だったら、これは必要ないわね…」

鞄からチョコを取り出す。

「だって〜。好きだって人の本命があるんだもんね〜」

「俺は本当に知らないんだって。何年で何組の子で、ましてや名前なんて全く知らないし…」

彼は必死に訴える。私はそれを見て思わず笑いだす。

「もう判ったわよ…はい」

彼にチョコを差し出す。彼はそれを眺めた後で受け取る。

「なあ、食べてみても…いいか?」「うん、いいわよ」

彼は箱を開けて、ひとかけらを口に放り込む。

「うん、美味い!」「え、本当!?」「ほれ…」

彼は、私の口にチョコを放り込む。

「な、美味いだろ?」「そうね…良かった〜」

ほっと肩を撫で下ろす。

「帰ろうぜ」「そうね。でも、明日きちんと、あの子にお礼を言わないとね」「そうだな」

ーENDー



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