屋上にてもたらされた恐怖

「はぁ・・・・・・かったりい」

教員棟の階段を上りながら、何度目かの溜め息を漏らす。

授業が終わり食堂へ向かう途中、俺は暦先生に捕獲された。

昼飯をあきらめて、俺は泣く泣く仰せつかった任務に従事することにしたのだ。

暦先生のご用命を―断れるはずがない。

「・・・・・・ったく、それにしたって鍵ぐらい自分で返せっての」

用事があるという暦先生は、俺に備品室のキーを預け、さっさと帰ってしまったのだ。

「しかもなんで最上階にあるんだよ、管理室!」

・・・

「・・・・・・はぁ」

かったる。

俺は惰性で階段を上り、『開閉禁止』と書かれた鉄の扉を開ける―て、扉?

・・・

俺はどこまで来てるんだ!?

「美春、ポン酢とってもらえる?」

「どうぞです、音夢先輩」

「ありがと、美春」

「バナナもいりますか?」

「バナナは遠慮しとくわ」

「そうですか」

「・・・・・・・・・・・・」

・・・

なんですか・・・・・・これは?

偶然、訪れた場所で行われている団らん。

「・・・・・・・・・・・・」

1、実はこれは夢

2、屋上の扉は、実は異次元への入り口だった

3、女の子が屋上で鍋を食べている現実の風景
・・・
―2?

「大穴やなぁ・・・・・・」

独りボケつっこみに、世間と屋上の風は冷たい。

目の前では、義妹の音夢と、後輩の天枷美春が、食事をしていた。

キャンプで使うようなテーブルにコンロ、鍋の中には、お肉や野菜がグツグツ、グツグツ・・・・・・。

屋上で弁当・・・・・・これはよくある。だが・・・・・・。

(屋上で・・・・・・鍋・・・・・・?)

なぜ、鍋?

―ガンッ

「あっ」

「あぅ」

ドアから手が離れ、背後で重い扉が音を立てて閉まる。

ようやく俺に気づいたふたりとの間に、一瞬の沈黙が流れる。

「驚かせないでください」

「そうですよ、朝倉先輩」

音夢が驚きさめやらぬ表情で声を漏らす。そしてその意見に美春が続く。

「・・・・・・なに、してるんだ?」

とりあえず、俺はありきたりな質問を音夢に投げかけてみる。

「何って、お昼食べてるんですよ」

昼?冬に?こんな所で?

「・・・・・・・・・・・・」

「どうかしましたか」

まじまじと見つめる俺に、音夢と美春が不思議そうな表情をする。

「いや、このくそ寒い中、アホかな―と」

「いいじゃないですか。私たちがどこでお昼を食べようと」

「いつもここで食べてるわけじゃありませんからね。今日はたまたま屋上で鍋をしているだけです」

「それにしても、どうして鍋なんだ?」

普通お昼に鍋はないだろう。

「えっと、授業終了後に眞子にお昼を一緒に食べないかと誘われまして・・・」

「美春は音夢先輩を誘いに来たら、眞子先輩に誘われました」

「そうか。で、誘った張本人はどこへいったんだ?」

「眞子は急な呼び出しがはいったので眞子のお姉さんと一緒に音楽室へ行きました」

そういや、さっき放送でそんなことが流れてた気が・・・・・・。

「兄さんこそどうしてここへ?」

「いつもの朝倉先輩だったら『かったりぃ』とかいってこんなとこまで来ないはずですしね」

「偶然通りかかっただけだ」

「どうやったら偶然、屋上に通りかかれるんですか」

「・・・・・・・・・・・・」

「人生色々だ。よしとしようじゃないか」

「まぁ、いいです。そのことについては家でたっぷりと説明してもらいます」

音夢は俺にあっさりと死刑宣告を下した。

―グ〜

「・・・・・・・・・・・・」

―グツグツグツ

テーブルの上では、かなりいい感じでお鍋が煮えている。

昼飯を食べ損ねた俺の腹も、負けずにいい感じで減っている。

「あの〜、先輩方そろそろ食べませんか?」

「そうだな」

「そうですね。はい、これ、兄さんの分の食器です」

「ありがとな」

(いったい何人分の食器があるんだ)

他にもテーブルの上には、グツグツと煮える鍋、ポン酢と大根おろしと、バナナが置かれていた。

「バナナは入れるなよ」

「まさか〜、バナナは食後のおやつに決まってるじゃないですか」

バナナを指摘された美春は目が横に泳いでおり明らかに動揺していた。

(入れる気だったな)

「それと音夢」

「なんです、兄さん?」

「お前は食べることだけに専念しろよ。味付けとかはすべて美春にやってもらうから」

「どういう意味ですか」

「言葉通りだ」

音夢はいったん俯いて考え込んでいた。

考えがまとまった音夢は顔を上げた。その表情は笑顔ながらもものすごい威圧感があった。

「そうですか。兄さん、今日の夕食は私が腕によりをかけて作ってあげますね」

「却下だ」

「今度の休みの日、朝、昼、晩の3食のフルコースとなりますが?」

「ワカリマシタ。今日は存分に料理を作ってください」

「交渉も成立しましたね」

交渉じゃなくてコレは脅迫だ。

「・・・・・・朝倉先輩」


次の日、朝倉純一が活動できたかどうかは不明である。


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