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 深々と桜が舞っている。
 
 驚くほどゆったりと。
 
 音もなく。
 
 天使の羽のような花びらの散りざまは、まるで永遠を思わせる一瞬。
 
 (…)
 
 (ああ、俺って詩人)
 
 雪のように積もった桜をざくざく、と踏みしめながら、ぼりぼりと頭をかく。
 
 (冗談はともかく、根本的にこういうシリアスなノリが似合わないよなぁ俺)
 
 周囲を見渡しても遠近感がぼやけていて、終わりというものがない世界。
 狂ったように桜だけが舞っている。
 
 (誰の夢だいったい?)
 
 当事者が見当たらない夢も珍しい。
 
 自我はあるが、フラフラと文字通り夢見ごこちで歩が進む。
 
 ・・・
 
 ―他人の夢を見せられる。
 
 そんな不思議な体質をもつ俺だが、超能力者や魔法使いみたいだなんて喜んでいられない。
 
 世間一般には、小説やゲームのように不思議な力を持っている人間は、かっこいいと言われている。
 
 どんなにつらい境遇でも、ありきたりよりは救いがあると―。
 
 そんな輩に声を大にして言いたい!
 
 (他人の夢ほど面白くないものはないって…)
 
 意気込みはため息にしかならず、安眠妨害でしかない世界でさまよう。
 
 (かったるいなぁ…)
 
 夢なんてモノは元から支離滅裂なのに、他人様の夢なんて理解不能の極みだ。
 
 自分の知らない人間だけで、説明不足のラブロマンスや、冒険物語を見せられて面白いはずもない。
 
 徳行野郎Bチームみたいに、タイトル通りのB級以下の中身だ。
 
 (それにしても、俺が登場してるってことは、知人の夢だよな)
 
 しかも、これだけ俺が俺でいられるということは、日常的に接している人物ということになる。
 
 (こんな詩的な夢を見る人物となると、それほど数は居ないから…)
 
 指折りながら、明日折檻することになりそうな人物を数える。
 
 (ふふふふふ…・・・俺の安眠を妨害することが、どれほど恐ろしいかを思い知らせて―)
 
 小指だけ立てた状態で声を失った。
 
 導かれるように進んでいた桜の林が拓けて、桜の王様みたいな木が現れた。
 
 (…・・・・・・・・・)
 
 (でか)
 
 冗談を口にするが、見る者の心を揺らす不思議な雰囲気を纏っている。
 
 目の奥が熱い。
 
 声を失うように張り詰めた空気に、ふと、人の気配が混じった。
 
 あまりにも非現実的な景色に鳥肌が立つ。
 
 舞い散る桜に誘われるように、ひとりの―が立っていた。
 
 ―そいつは、バカでなければアホであろう。
 
 「よぅ、同志よ」
 
 (……・・・…)
 
 夢?
 
 (……あぁ、そうだ。夢だったなコレは)
 
 常識的な発言が、そもそもその通りなのだと苦笑いが浮かぶ。
 
 本当の名前はわからないけれど、こいつはヤツだ。
 
 「お前の姿は見えないが、そこに気配は感じるぞ」
 
 (…)
 
 思わずストライクゾーンに入ってきた球を打たずにバットをピッチャーに投げたくなるような、うんざりする声。
 
 「もちろん、これは夢なわけだが、同志のことだ、起きたら何も覚えていないだろう」
 
 ヤツのにやけた顔を見るだけで気分が沈む。
 
 しかし気絶させることも、蹴りを入れることも、殴ることすら出来ない……。
 
 ―決められた夢を見るだけの、出来損ないの魔法使い―
 
 「約束を思い出すのだ、同志よ」
 
 ・・・
 
 それは、そう・・・・・・。
 
 ヤツの悪事の始まりと俺の平穏が終わる前の夢。
 
 この時点でも意味はある_なんだかよくわからない変な夢。
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