記憶
コンコン…

『はい…どうぞ…』

ドアを開けて、中に入る。中では、ベットの上に座ってただ壁を見つめるいる人がいる

私が入って来たことに気がつき、ゆっくりとこっちを向く。焦点の合ってないような目でこっちを見る

「誰…？」

とポツリと呟く。この台詞は、今日まで何度くらい聞いただろ。たぶん、数え切れないくらい聞いているはず

その台詞を聞く度に、胸が締め付けられる。

「おはよう…元気だった？」

そう言いながら、笑いかける


日の光が海に反射して、キラキラと煌いてる。それを悲しげな表情で見つめる

波が私の足をぬらす。ゆっくりと目を閉じ、空を見上げる

「これが…」

手に持った、一冊のノートに視線を落とす。そこには、日付･その日の出来事が記されている

これは、ある人が生きていた印でもあり、記憶を保つための物でもあった物…。今では、何の意味を成さない

「何で…どうして……」

その場に泣き崩れる


屋上で、フェンスにすがって空を眺める。すると、ドアが開いて一人の女性がこっちに歩いて来る

「どう…だったの？」

聞くことを恐れながらも、聞かずにはいられない。帰ってくる答えは、いつも同じ…それくらい解っている

この問いかけに、言葉は必要がない。ただ、首を縦か横に振るだけ

そして、答えは……横に振られる。それを見て、少しの希望もなくなり、フェンスを何度も殴りつける

「何で…どうして…何でよ〜！」「やめて〜！」

駆け寄ってその手を止める。

「もう…やめて…」

悲しそうな表情で、私をじっと見る

「なら、どうしたら良いのよ！この、気持ちをどうしろって言うのよ！」

怒鳴りつけるように言う。それを聞いたとたん、ビクッと怯えた顔になる

「でも…そんなことをしたからって…」

そういって、視線を下に向ける

「解ってる…私だって…それくらいのこと……解ってる…」

その場に、項垂れる。目からは、一滴の涙が零れ落ちる

「二人で待とう…きっと、大丈夫よ。ううん…絶対、思い出してくれるよ…」

そういって、優しく私の方を見る。黙って頷く。パサッとノートが落ち、風でパラパラとページがめくれる

ある１ページでそれは止まる。そこに大きく書かれていた『俺は、必ず帰ってくるから…』と…。

戻る